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8/25テレビ東京『カンブリア宮殿』に中村繁夫氏出演!
前書き
山師になれ!単なる成績優秀者では稼げない!
この本を手にとっていただき、ありがとうございます。 おそらくあなたは、 「二〇人で三四〇億円!」 …といった言葉に興味を持ってくれたと思います。 どれも、私が実践してきて結果の出た方法です(誰でもできる方法です)。 私はエリートでも、成績優秀者でもありません。 ですから、本書で紹介する方法は、誰でも実践できると断言できます。 ビジネスマンに必要な『稼ぐ力』の鍛え方」 を紹介します。 これからの低成長時代に生き残るための「プロのビジネスマン」になるための方法をすべて公開します。 ヒッピー生活から商社マンに
少し私の自己紹介をさせてください。 私は、二七歳のとき世界放浪しながらのヒッピー生活の旅から戻りました。 当時はロシアを手はじめに、ヨーロッパからアジア、アフリカへ世界三十五カ国を廻りその後、ブラジルに渡り、 中南米諸国を転々として、最後にメキシコからアメリカに入り、 労働者として生活していました(このときの経験が私の原点でもあるので、別の機会に詳しく書きたいと思います)。 そして、中堅商社である蝶理株式会社に入社し、サラリーマンになりました。 当時の商社は古き良き時代だったのか、多少の跳ね返りでも、劣等生でも、不良でも受け入れてくれました。 海外で三年もヒッピー生活を続けて、二七歳になっていた私が受け入れられたのも、 成績優秀なエリートよりも枠にはまらない人材を歓迎する空気があったからでしょう。 経済成長の著しい時代背景もあり、会社は若かった私に何でもやらせてくれました。 当時は「予算は大丈夫か」とか「採算はとれるのか」などと聞かれたことは一度もありません。 失敗しても、前向きの失敗の「向こう傷」は問わない文化がありました。 私も「何でもあり」という気持ちでいろいろなビジネスに手を出し、失敗も成功も数多く経験しました。 やりたいことはすべて蝶理でやらせてもらったといっても過言ではありません。 そこでもっとも力を入れたのが、レアメタル(希少金属)資源の開発です。 レアメタル資源を追い求め、中国、ロシア、中央アジア、カナダ、南アメリカ、アフリカ、オセアニアと 世界中を飛びまわり、その甲斐あって、レアメタル業界で「現代の山師」と呼ばれるまでになりました。 クビになった!
山師とは、鉱山開発という大ギャンブルにロマンを持ち、自分のすべてをかけて開発資金を集められる、 人間的魅力と知恵にあふれた人のことです。私が若い頃の商社は「山師の梁山泊」と呼ばれ、たくさんの山師が集まっていました。 ですが時代の流れとともに山師は姿を消し、今の商社にいるのは危険なビジネスには手をださない、 管理社会の成績優秀な秀才型の商社マンばかりです。 そしてバブルが弾けた後の二〇〇二年度には商社の経営環境は最悪の状態となり、 各社とも生き残りをかけて採算の合わない部門を分社化し、 「選択と集中」という美名の下に他社に切り売りするようになりました。 蝶理も例外ではありませんでした。 そして白羽の矢が立ったのは、私が部長を務めていたレアメタル部門でした。 終身雇用が約束されていると思っていたので、定年前の五五歳でクビをいい渡されたことは、青天の霹靂でした。 「明日からどうしようか」 そう考える日々が続きましたが、部下たちの将来を考えれば悩んでばかりいられません。次第に、 探検商社が誕生!
そして私は二〇〇三年に、MBO(Management Buy Out)という手法を使って蝶理からの独立に踏み切りました。 行く当てのない「海賊船」アドバンスド・マテリアル・ジャパン(AMJ)の船出です。 私が目指したのは探検商社です。 探検とは、自己責任でリスクを冒すけれども、自らの好奇心と世の中に貢献したいという志を持って、 まだ誰も成し得ていないことに果敢にチャレンジすることです。ただのサラリーマンからいきなり経営者になってしまった私は、 探検志向で新たな道を切り開くことが必要でした。 それに探検志向を持たずに安全な利益追求をしているだけでは、上げられる利益率はごくわずかです。 大量の資金を有する大企業は別として、資金力のない中小零細企業は、 探検志向なくして会社を維持するのは不可能でしょう。 AMJでは社員全員が探検志向を持ち、一定のリスクをとりながら知恵を駆使してビジネスをします。 多少の損失があっても、最終的にそれを上回る利益を出せばいいのです。 すべての社員が稼げるようになる仕組み
その結果、スタート時にはわずか四七億円だった売上げは、一年目で七九億円、二年目で一三五億円となり、 三年目には売上げが二七〇億円、そして四年目には何と売上が三四〇億円に達しました。 しかもAMJの社員はたった二〇人です。 この人数でこの売上げを維持できる会社は、なかなかないでしょう。 これほどの成長を遂げられた要因は、日本の産業界をおそった未曾有の資源インフレと「レアメタルパニック」にあります。 AMJの専門分野であるレアメタルの市況が暴騰したことで売上げは大きく増加しました。 でも最大の殊勲賞は、一人の欠落もなく社員全員が新創業の会社についてきてくれたこと、 会社の理念を全員で共有し一枚岩となって頑張ってくれたことです。 私自身も社員が最大の能力を発揮するための環境作りに真剣に取り組み、 AMJに入れば誰でも向上心を維持して、自分の能力を伸ばせる仕組みを考案しました。 AMJを設立した当時は危機感しかありませんでしたが、今では最適な経営環境さえ構築できれば、 どんな会社でもエクセレントカンパニーになれると信じています。 私が、この本を書きたいと思ったのは、これまでの自分の考え方が間違っていなかった事が確認できたので、 若い人に自信を持ってそれを伝えるためです。 つまり、自分のやりたい事を(少し風変わりでも)やる事が一番良いのだという単純な事を伝えたいと思っています。 自分が若い時にいくら熱心に話しても相手にしてもらえなかったことでも、 (変人・奇人といわれても)自分の信じた事や好きな事をあきらめずに続ければ何事も実現するし、 決してギブアップしなければ敗北はありえないと言うことを伝えたかったのです。 |