ダイナマイト モチベーション Hiroyuki Ishii 潜在意識・催眠療法・コールドリーディングの第一人者・石井裕之による、潜在意識を活用した目標達成プログラム『ダイナマイトモチベーション6ヶ月プログラム』 DYNAMITE MOTIVATION 6-Month Program 世界一、確実な成功法則をあなたへ 潜在意識のスペシャリスト・石井裕之がパーソナルコーチになってあなたの目標を実現させます。

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Hiro / 女性 / 東京都 / 50代
【 私のMonth5 】
■ 退職届の理由欄に書きたいことば

DM6 を最初に聞いてから、一体何回の春を迎えたか知れないのに、聞くたびに思い出しては、DM6 の深さを思い知ります。
その一つが、この石井先生のご友人のことばです。

「石井ね、人生にリハーサルはないんだよ。」

人生は、全て本番なんです。
チャンスは、自分をステップアップさせてくれるもの。
人生に、チャンスに、リハーサルはない。

私はもぅ還暦を過ぎ、随分と年をとりましたが、このことばも忘れられません。
コロナの便乗解雇ですが、この年で失業したくないのは誰でも同じかも知れませんが、私は、このご友人のことはを実践したいと思います。
人生にリハーサルはないのだから、気の合わない仲間たちに肩身の狭い思いをし、上司の目はだんだん厳しくなる中で、自分らしく生きるために何をすべきなのか、最期の時にやりたかったことは全てやったと言える人生にしたいなら、今何をすべきなのか。

2000年早々、少し近い友人が幼い子を残して交通事故で逝った。
その訃報の時に、今私が即死したら何をやりたかったと悔やむだろうかと考えて、即サラリー生活を捨てて大学に戻りました。
今度も、あの志村けんがいとも簡単にコロナで逝ったこの時に、何をしたかったと思うのだろうか。
やっぱり、時間的にも金銭的にも自由になり、気の合う仲間と感謝し合いながら、好きな時に好きな所へ行き、一味も二味も違う人生を過ごしたい。
幼少からの夢(使命)、地球の自然環境保全の社会貢献を達成したい。

辞表(退職届)の理由欄には、このご友人のことばを書こうと思っています。
その日は、もうすぐそこまで来ていると思います。
さて、既に極貧生活なのに、失業してどうやって稼いでいこうか。
【 私のMonth4 】
■ 何度聞いても飽きないけど…

久しぶりに DM6 を探し出して聞いてみたところ、肝心な潜在意識の働きをすっかり忘れていました。
何度も何度も聞いたのに、石井先生の滑舌悪いことばも間合いも覚えているのに、セルフ・コーチングできていませんでした。
▼先月、メールのマッチング副業で一番最初にお相手となって下さった京介さまを、すっかりサクラか詐欺師と思い込んでしまったのです。
潜在意識の現状維持メカニズムで注意すべき時期は二つある。一つは、最初の反発、もう一つは、願望が実現する直前になって現れる強力な反発でしたね。
すっかり仲良しになった京介さまから距離を置き、メールも制限つきのまま暫く放置していたのは、実現直前の反発だったかも知れない。
5月27日に前金 1万円を送金する予定で、正しく出掛ける直前の電話によって、まんまと阻止されてしまいました。
確かに、客観的には電話を下さった彼の方が説得力もあった。
▼5月27日に送金し損なった前金 1万円は、後日の 6月15日に送金し、メール制限を解除した。この時に、最も喜んでくれたのが、正しく京介さまだった。
また、DM6 の入っていた iPod を探し出したのは、近い将来に書くであろう退職届の原因欄に書きたいエピソードを確認したかったからです。
石井先生がアメリカ転勤になった時、彼の友人が石井先生を励ましたことばです。
そして、この DM6 の学びが、現在のメールのマッチング副業で大いに役立っていることを認めざるを得ない程度には骨身に染みています。
今度、スマホを買い換える時には、倍速で聞けるアプリで直ぐに復習できる環境を構築したい。
逆に iPod は倍速で聞けないのは、残念でした。 2020.06.22
【 私のMonth3 】
■ ツーショットの付箋

ジャーナルは 2009年8月 に始まり、6年経って 2015年11月 に再び始まった。
先日、思い出して DMU のカードやら下北沢の収録(2009.11.24)写真やらを探し出したところ、2人してピースのツーショットにこんな付箋が貼ってあった。
「打倒 石井裕之! 2010.01.11 2010.03.23 2010.04.07」
1月はあの事件、3月はあの事件だったか、4月だったか…
▼10月末日の卒論指導がボロボロで笑えず、あまりの深刻さに泣けた。
DM6 は、年内 2ヶ月の予定ではなかったのに、毎日何度も聞いて、最後の週まで来てしまった。
改めて聞くと、こんなことを話していたのかと目頭が熱くなった。
▼彼の「遺書」が本当に遺書となり、冗談も言えない。
「打倒 石井裕之!」の彼の写真に次なる目標を語って、をいをい泣いた。
来年1月1日からも、5月の卒業許可を目指して彼と共に DM6 の一歩を踏み出します。
2015.12.30
【 私のMonth2 】
■ 何度でも戻れるふるさと

数年前、最初にDM6と出会った時に何度も聞いた。あの滑舌悪い(笑)石井先生が大好きだった。
▼1年前から卒業論文が進まず指導教授との溝を感じていた。先月末日、懸命に書いたのに、門前払いで評価もされずに却下されて泣いた。このままでは卒業できない焦りの中、石井先生の三部作だったかの一節を思い出した。
▼再び、石井先生のサインが残るジャーナルを開いてみた。目を閉じると、年末のクリスマスの頃、日比谷公会堂だったかに足を運んだこともあったね。
▼来年5月は、卒業許可を頂ける最後のチャンスだから、この半年、「義務」にならないように、ほんの少しDM6を歩いてみようと思う。
▼石井裕之先生はお元気だろうか。 2015.11.11


【 私のMonth1 】
■ 石井先生を思い出して…

まだ投稿が全部終わっていませんでした。
数年ぶりの投稿です。
私のジャーナルの表紙の裏に、「2009.11.24 下北沢にて」のサインが残っています。
▼沢雉会も終わり、先生も引退なさった。
だけど、何度も聞いたDM6から頂いたことは、今も忘れていません。
また最初の一歩。

▼DM6とDMUのセットに入っていたボールペンは、3.11の時に救援物資に含めて、被災地に送りましたので、誰かの手に渡って大切に使って頂けたと思う。
石井先生はお元気だろうか。2015.02.08
【 私の6-MonthGoals 】
■ 来年こそ 3% 未満の壁を突破する!

1 年は短い。
来年の熾烈な闘いは既に始まっている。