『月刊・石井裕之~沢雉会』会員の皆様からのご感想

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ご感想の対象 : 
月刊・石井裕之~沢雉会 シーズン3・第9号
石井先生、いつもどうもありがとうございます。 エーテルという観点からDM6、DMUを再び聴いてみると理解がより深まりつつあります。 今思うとDM6のリバースコンディショニングもまさにエーテル化する一つの方法だったんだと振りかえっています。 エーテルは何回聴いても解らないという質問の石井先生の回答に心にナイフがグサっと刺さった感じになりました。 DM6もDMUも真面目に取り組んできたつもりでいた自分でしたが、今まで受動的に聴いていた自分に気付きました。 何に対しても受動的な姿勢だから、いつまでたっても目標や夢が実現しないんだ。 石井先生にズバリ言われて、そのとおりだと落ち込みましたが、自分の人生に足りないものはこれだというものをつかんだ気持ちにもなりました。 DM6とDMUを能動的に聴く姿勢で今後聴きなおして自分の人生の問題に立ち向かっていきたいです。 8号、9号のエーテルの話でDM6、DMU、沢雉会で学んだこと自分の中で大きな一つの集合体になりつつあります。 ここにきてシーズン3まで聴いてきて本当に良かったと心から思えます。 どうもありがとうございます。
滝澤 二朗 様 (東京都 男性 2009年09月29日投稿)
月刊・石井裕之~沢雉会 シーズン3・第9号
先日 名古屋の 勉強会に 参加させていだだきました。 こういう勉強会は、初めての参加で 右も左もわからない 状態でしたが、楽しく参加させて いだだきました。 石井さんの 話のなかで これは、受動的 なのか それとも 能動的なのか、自分では能動的に考えているつもりでも じつは、受動的考えだ。という 言葉を 聞いた時 パズルのピースが、ガッチとハマったような、感覚をいまでも、覚えています。  ありがとうございました。
おがわ じゅん 様 (岐阜県 男性 2009年09月28日投稿)
シーズン1から参加させて頂き、昨日東京の勉強会に初めて出席させて頂きました。勉強会2日前に不覚にもギックリ腰になり、何とか会場入りしました。柳田さん他スタッフの方達に事情を説明し、後ろの席で立って勉強会に参加させてもらえました。皆さんのお心遣いと対応に深くお礼致します。石井先生の今回のお話しは、今まで自分の死生観になかった
ものでした。最後にテーマが分かる石井先生のミステリー小説のようなお話しは2時間がとても短く感じられました。
交流会では同じような志を持った方達と、初めて会ったにもかかわらず楽しくお話しする事が出来ました。皆それぞれ頑張っているんだな、自分ひとりじゃないんだととても心が熱くなりました。勉強会最高でした。また今日から自分と向き合っていこうと思います。
岩下 和幸 様 (千葉県 男性 2009年09月28日投稿)
月刊・石井裕之~沢雉会 シーズン3・第9号
セラピーの秘密ですが、最初の質問も 全然わかりませんでした。 自分のタイプの割合も定かでないし、 自分のこともわからないから、 周りの人のことも、ぼんやりしか わからない。 意識化を心がけているのに、 勉強会の日も、無意識で歩いてしまい道を間違えていた。 意識しているようでしていない自分。 わかるもの・わからないもの も 掘り下げる必要がある。 自分とは?がハッキリしていないからボヤける。 勉強会の話、 黒の部分の意識もそういうこと。 最近DoからBeも体感した。 けれど、Beがぼんやりだから、 Doを求める自分が出てくる。 また、Beが黒い部分だったりする。 そして話は戻り、 セラピーのDo。 仕事にプライベートに使えると思った。 そうしたら、実は人を操作したい自分も いることに気づき… 自分の白い部分はいったい何処に??とも おもってきた。 けれど、自分のミッションかなと 思えるのものは、 自分が直接手をくださなくても、 実現に近づいていたら嬉しい! けど、この嬉しいも、 曲者で・・・・ それらを剥いだ先にあるのかという感じです。 無限のグラデーションなんですね。
ゆきじ 様 (大阪府 女性 2009年09月28日投稿)
その他
『チギレグモノ、ソラノシタ』読みました! 7つの物語、全部私です。 ひきこもりではないですが、自分の為になかなか行動ができない、人の為になら走れる、という感覚わかります。 読み終えた後は涙つたっていました。 第7話、こうくるか!と思いました。 セラピスト、パーソナルモチベーターとしての石井先生も好きですが、小説家としての石井先生も大好きです! 交流会でサインも頂いて、宝物にします★ 初めて実際にお会いして、「かっこいい~!」と思いました。もう、ドッキドキ! エーテルまだ見えないですが、キリッとしたカッコいいエーテルを感じました。 12月も楽しみにしています!
ゆか 様 (兵庫県 女性 2009年09月27日投稿)
月刊・石井裕之~沢雉会 シーズン3・第9号
「家族」 についてのブログ、ありがとうございました。 今まで、家族や家庭環境をもっとこうだったら...と、恨んだり、友達の家族をうらやんだりしてばっかりでした。 そこに成長の意味があるなんて思ってもみなかった。 お金に対して、焦りや不満があるくせに、勉強してみようとしてなっかた。 お金の勉強という概念自体がなかったな。 まずは、本読んでみます。 お金以外にも、家族に対する不満は自分への課題なのですね。 不満ばっかりタラタラ言って、何も行動してなかった。 何かイライラが消えました。 本当にありがとうございます!
ゆか 様 (兵庫県 女性 2009年09月27日投稿)
その他
「ただ ひとりかふたりだけ」とっても素敵ですね。じんわり心に沁みます。欲張って 私は皆に好かれたいという気持ちがあるので 「ひとりかふたり」とすぱっと言えるのって深い気持ちだなと感じました。それに受動的な在り方で生きていたら 決して感じれない、豊かさ感覚 器の問題ですね。時間は止まる事なく過ぎていく。 一秒一秒に刻んでいける想いは 枠なんてないのに 能動的になれない。そんな自分に気付いた今からはじめよう。。関わり方は違うにせよ魂の目指すところは決まって ある方向をまっすぐ見つめているのだと思う。
高山さおり 様 (広島県 女性 2009年09月27日投稿)
石井先生、いつも本当にありがとうございます。本日、勉強会に参加予定でしたが、仕事上の問題でどうしても参加することができなくなってしまいました。一言お詫び申し上げたくご連絡をさせていただきました。また、エーテルのお話、実践あるのみで身につくまでトレーニンを続けていきます。本当にありがとうございます。
本間 伸一 様 (東京都 男性 2009年09月27日投稿)
昨日は名古屋の勉強会と交流会に参加させていただいた。その体験は衝撃的で、今も余韻を引きずっている。 勉強会に参加して、セミナーもセラピーも石井裕之先生の芸術作品なのだということが分かった。石井裕之先生はきっと「正しさとは究極の美しいもの」であることを表現しようとしている芸術家なのだ。しかし昨日の、その芸術作品は、私にはちょっと怖い絵画のようであった。それはエーテルの話をしていた時だった。「シュタイナーは弱いエーテルについて、それが割れて頭の両側に垂れるという表現を用いていた事を発見した」という内容の話をした後だった。そのようなリアルな表現を聞いた後に、そうして語っている先生ご自身が、会場全体が、不思議な少し怖い光景に変わってきた。一方で、白い生命が現世に落ちて行く過程でいろいろな黒いものを身にまとってしまうという比ゆは、私には分かりやすいものだった。黒いものは現世における宿命のようなもので、それは一生付いてまわり、やむをえないのだと。私は、他人への羨望心や加齢や知的な能力の低さなどといった私自身がまとう不具合から離脱することなどは、一生涯出来ない。 何か、私は今まですっきりとした解答がどこかにあるのではないかと期待してきた。しかし、そのような答を求めることこそが、まさに受動的な態度なのだ。白いものは人間の本質だ。それは、何か絶対的な正しさともいうべきものだ。それを信じることが自分を信じることになる。その周囲にまとっている様々な不具合は私が現世で生きていく上の荷物なのだけど、それらを捨てたり誰かに預けることは出来ない。それらを背負いながら生きていくのだと思い切るのが能動的に生きていくということなのだろうか。バランスをとりながら、負の面をコントロールしながら、その重荷に耐えながら、内なる正しさを信じて生きていく。すっきりと晴れ渡る日などは来ない。そのようなことを夢見ていた自分は、いつか負に足元をすくわれるような弱いエーテルの人間ということなのだろう。「その現実に気付け。そこであえて能動的に生きようとする覚悟はあるか」と、先生は語られたのか。 さらに、正しさとは絶対的に美しいものであると表現されたのかと思う。 ふと「我が身は泥の中に咲く一輪の睡蓮の花」と例えたある和尚さんの説教を思い出している。そこを経て、「白いもの」は静かに燦然と輝きだすのを感じる。
エルモ 様 (静岡県 女性 2009年09月27日投稿)
思えば、柳田さんの熱い文章を読んで、軽い気持ちで当時あまりよく知らない石井先生の「アンプラグド」に参加し、その一年後、直接会いに新潟まで行くことになろうとは・・・ 人生って不思議ですね。5000人の前で、ダメだった少年時代の告白、そして今の自分が嫌で変わりたいと思ってるという人を応援したい、というメッセージに自分も重なり、ジーンとしました。そして沢雉会に参加。 しかし当初、あまり話が飲み込めない上、会員の方々の感想文が賞賛一色だったのに少し違和感を覚え、「石井さんの真骨頂はテクニカルなものではないでしょうか」とか「CDの値段が高い」など、今にしては非常に失礼なメールを送ってしまいました。そのことについて、石井先生が非常に悲しいとコメントされてたのを読み、改めて先生の今までやられてこられた著作や教材を初版から出来る範囲で辿っていきました。DM6には今より積極的な自分になる後押しをしてもらいました。 そしてコールドリーディングなどのDoから現在のBeへの変遷や、石井先生は何故ストイックなのかが分かり、月刊で毎号送られるメッセージに共感したり、感動したり、チャレンジしたり、疑問を持ったり、時には反発したりしながら、いろんな感情を味わい、学んでいます。 シーズン3になってどんどんと深い領域の話に入り、今回の勉強会でもかつてないほどディープな話、沢雉会じゃないと聴けない話にドキドキしていました。ついていくのが大変な内容でめいっぱい頭をフル稼動させて聞き入りました。疑問に思ってた、ひろさちやさんとの対談の件もお答え頂けました。 さらに今後のシリーズでどんな話がでてくるのか、とてもワクワクしています。 懇親会では他の会員さん達とも楽しく交流もでき、石井先生と直接お話できたり、ビールを注いでもらえるなんて、実は感激してどうしようかと思ってました。そして、そもそものきっかけを与えてくれた柳田さんとも沢山お話が出来てとても嬉しかったです。ずっと忘れない様な思い出になりました。 そんな中でも気後れせずに振舞えたのは、この一年で進歩できたからなのでは、と思いました。 エーテルの理解や常に能動的であるにはまだ時間がかかると思いますがこれからも頑張っていきたいと思います。 ありがとうございます!
辻本 純一郎 様 (東京都 男性 2009年09月26日投稿)
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